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インスタント書感

「1記事3分間(最長1800字)で読める」をコンセプトに、主に読書感想を垂れ流すブログ

尻啖え孫市

 

新装版 尻啖え孫市(上) (講談社文庫)

新装版 尻啖え孫市(上) (講談社文庫)

 

評価:★★★★☆


手に取ったきっかけ

私、恥ずかしながら歴史はからきしでして、戦国物に関しても、これまでまったくと言っていいほど興味を持ったことがありませんでした。せいぜい、ゲームで楽しむ程度です。一時、「歴女」という言葉が流行りましたが、「よくそんなに関心が持てるな」と感じ入ったものです。私の場合、興味がないのではなく、本当のところを言えば、歴史に対してはどうも「暗記力が物を言う教科」という苦手意識の延長から、戦国物についても敬遠していたのです。

 

ですが、芥川龍之介の『蜘蛛の糸・地獄変』を読んだときに、当時の服装などを知りたく『日本史図録』を購入しまして、「戦国物も、こうして調べながら読めば楽しく理解できるのでは?」と思ったのです。もう大人ですので、試験に追われて必死に暗記する必要もなく、マイペースに学べますしね。

 

単純ですが、歴史小説と言えば真っ先に思い浮かぶのが司馬遼太郎氏です。さてどれを読もう、と書店にて彼の作品の背表紙を眺めていたところ、このタイトル『尻啖え孫市』が目にとまりました。

 

「尻啖え孫市」

 などずいぶんと上品でない。物語の題を考えるとき、

(これはどうも)

 と、筆者でさえくびをひねった。女性の読者が読んでくれないことを怖れたのである。

 

と作者は作中でこのような余談を書いていますが、なんの。上品なタイトルの中に「尻啖え」などとあったら、むしろ手を伸ばさずにはいられません。

 

雑賀孫市の人物像

本作に登場する雑賀孫市の人物像は作者の創作によるものですが*1、非常に愛嬌のあるキャラクターで、私は読んでいてとても彼が好きになりました。特に上巻に人となりがよく書き記されており、気に入った箇所に付箋を残していったところ、見事に上巻にばかり集中してしまいました。

 

  • 領土の野心もなく、天下にも興味がない。清水寺で見かけた顔も分からない女性を追い求め、雑賀庄からはるばる美濃まで赴くが、好色な孫市は、道中に出会った女性たちの、その中でも特に心にとまった女性には観音の尊位を与えるなどし、その女性のために一生を尽くすことが願望であると言ってのける。
  • 織田勢と共に敦賀の手筒山城へ向かう途中の山坂で、兵の中に息を喘がせている者がいると、「よこせ」と言って2、3挺の鉄砲をかついで走った。(標準的な銃で、一挺あたり4キロから5キロの重量)。*2
  • 退却戦のさなか、朝倉家に城を夜討ちされるよりも前に仕掛けることに決めた孫市と木下藤吉郎羽柴秀吉)。敵地を攻撃するため、雑賀衆を率いて山坂の傾斜を降りる孫市は、「すべるぞ、用心せよ」と周りに注意を呼びかけながら、真っ先に滑土に足を取られて尻もちをつく。そして、「みな。すべるなよ」と言って再び転ぶ。

 

上記がそのいくつかです。好色でありながらも、その性格はからっと明朗なので粘っこいいやらしさはなく、いっそ気持ちよいくらいです。そして、男気もあり、どこか抜けたところもあり。孫市が故郷に帰れば、一里駈けるうちに後に続く者は千人を超える、というほどの人気ぶりなのですが、上巻後半のこの時点では、私もすでに孫市という男の虜です。そして、たとえ創作とはいえ、読者の心を射抜いてしまう司馬氏の手腕には改めて感服します。

 

おまけの藤吉郎

本作は孫市を主人公に、織田信長軍との戦い(共闘、抗戦)を描いているのですが、運命の女性(偽者)を引き合わせる橋渡しをしてもらうことをきっかけに、孫市はのちのち敵対関係にあう木下藤吉郎と奇妙な縁の友情を結んでいきます。

 

それはさておき、この人たらしの藤吉郎を表すにおいて、上手いと思ったのが、こちら。

 

信長の前で雑賀衆の鉄砲芸を披露することになった孫市ですが、信長家臣の柴田勝家は、「雑賀者が上様に筒口を向けるかもしれぬから」と、自隊の鉄砲足軽を並べ、不審な動きがあれば彼らを撃つと藤吉郎に言い渡します。当然、演武場では勝家鉄砲隊の列が孫市の目に入るため、それではきっと怒ってへそを曲げるに違いないと思った藤吉郎は急いで孫市の元へ行き、勝家のことはあえて言わずに、「もし不快なことがあったらこの藤吉郎を撃て」と伝えるのです。これは、自分に免じて許してやってほしいという藤吉郎の寓意です。

 

藤吉郎の頭の良さと気遣いの上手さが、こういった機転の利かせ方に表れていて面白く、思わず舌を巻きました。自分だったらこんなふうには動けないな、と純粋に感動したのです。

 

<参考>

尻啖え孫市 - Wikipedia

日本の武器兵器 : JapaneseWeapons

 

*1:Wikipedia 尻啖え孫市 1.概要

*2:日本の武器兵器 : JapaneseWeapons 火縄銃の種類とサイズ

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