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インスタント書感

「1記事3分間(最長1800字)で読める」をコンセプトに、主に読書感想を垂れ流すブログ

遠野ものがたり

 

遠野(とおの)ものがたり

遠野(とおの)ものがたり

 

評価:★★☆☆☆

評価の補足

星2つとしていますが、これは『遠野物語』という作品そのものではなく、本書に対する評価であることを最初に断っておきます。

本書は「原作を現代語訳にし、挿絵を挟むことで『遠野物語』に詳しくない大人でも楽しめるような絵本を作りたい」という意図で制作されています。収録されている内容自体はどれも印象深いです。ただ、7話という収録数に比して割高感がありますし、果たしてハードカバーで出版する必要があったのかどうか懐疑的です。大人を読者対象に含めるなら、+αとして各話ごとの解説などがあると面白かったのではと個人的には思います。

恐らく、本書の他にも平易な言葉で訳された値ごろの『遠野物語』があるだろうことを考えると、人におすすめするのは厳しく感じます。

 

手に取ったきっかけ

歴史街道のバックナンバーを注文しようと、PHP研究所のオンラインショップを利用しました。ところが、1500円未満は送料がかかるというので、色々と探した結果、とあるきっかけで本書の同時購入を決めたのです。

 

目次の中にあった、「マヨイガ」というタイトルがきっかけのそれです。このとき、春アニメが始まったばかりで、私は『迷家-マヨイガ-』*1を視聴していました。何か関連があるのではないかと、私はあっさり飛びつきました。それに、そろそろ小説を読むのに疲れて、さらっと読める箸休め的なお話が欲しいという私の要望にも本書はマッチしていました。

 

ちなみに『遠野物語』とは、民俗学者柳田國男氏が明治43年(1910年)に発表した岩手県遠野地方の逸話、伝承を編纂した説話集です。

 

『迷家-マヨイガ-』との関連性

アニメの放送途中ですので現時点の所感ですが、「マヨイガ」の「”人が生活している気配があるのに誰の姿も見当たらない家”に迷い込む」という本筋から着想を得たという程度で、物語の鍵を握るようなヒントは隠れていないように思いました。『遠野物語』の説話のそれぞれが短いので、ヒントの隠れようもないのですが。

 

ぞっとするくらい陰湿

「ザシキワラシ」「オシラサマ」。この2話は、私の岩手に対する印象を確実に悪いほうへ変えてしまいました。それほどにアクが強く、迂闊に『遠野物語』に手を出したことを後悔しています。

 

ザシキワラシ(以下、座敷童子)はメジャーな神様(または精霊)として知られているでしょう。彼らは金持ちの旧家の奥座敷にひっそりと住んでいます。彼らが出て行くと、その家は間もなく没落してしまう。

 

村一番の長者の男は先祖代々から稲荷信仰をしている熱心な信者で、神の遣いである狐を大事にしています。男は自宅近くの稲荷の祠に油揚げをお供えすることを日課にしていますが、そのおかげで狐は人馴れして警戒心をなくし、何をされてもなすがままです。周囲は「神の遣いがこれではご利益もあるまい」と、男を陰で嘲笑の的にします。その様子を見た座敷童子は、「見損なった。わたしたちがいるのに、狐のご機嫌取りとはとんだ欲深だ」と出て行ってしまいます。

 

男が怠惰な生活を送っているわけでもなし、別に何を信仰しようが自由じゃないかと私は思うのですが、怖いのはそのあとです。早い話が、下男が採ってきたキノコ汁を食い、男を含むその家の者たち20数人が中毒死してしまうのです。男の縁者たちは家財や食料の一切合財を運び出してしまい、長者屋敷は荒地になってしまった、という結末。

 

座敷童子が出て行ってしまうことで、プラスがゼロになるどころか、マイナスまで落ちる、ということは知っていましたが、この結末は想像以上でした。童話によくある教訓話の類でもなさそうです。男は悪行を働いておらず、反面教師にするような存在とは思えません。ただ「座敷童子を信仰していなかった」だけ。その仕打ちが一家全滅であるというところに、怨念めいたものを感じるのです。

 

結局は人だから

結局、『遠野物語』の説話は人によって生まれ、人によって言い伝えられているのです。ですから、私は座敷童子などの神々や不思議な力ではなく、これらが生まれた岩手・遠野地方の風土や人柄こそが、想像すればするほどに怖ろしい。童話のような一種のエンターテインメントとは違い、創作物とは一線を画したところにあるので、きれいに終わることを目的にされてはいない。勧善懲悪や美談といったオブラートに包んでいないわけですから、『遠野物語』から受け取った印象そのものがその土地の印象なのです。

 

見てはいけないものを見てしまった気分です。

これから手に取ることを考えている方には、どうぞお気をつけてと言いたい。

 

<参考>

遠野物語 - Wikipedia

 

*1:物語導入:人生やり直しツアーに参加した30人の男女。現世のしがらみにとらわれないユートピアと囁かれる幻の村・納鳴村を目指す。彼らが行き着いたのは、人の生活の匂いが残る無人の集落だった。 公式HPから要約

【求ム】エロを一切排除した女子学生の写真集

つまり、瑞々しさに飢えている

ここ2、3年のうちに、花を見るのが好きになった。丁寧に手入れされた公園の花壇に彩りよく咲き並ぶ花でも、アスファルトの塀を背にピンと茎を伸ばしてたくましく咲く路傍の花でも、なんでもいい。その花びらの美しさ、瑞々しさに、私の心は和らぎ、魅了される。この世で一番美しい色は何かと問われれば、花の色だと迷わず答えるだろう。

それまでは、花なんて見ても、なんとも思わなかった。夏休みの課題で朝顔や菊を育てるのはひどく億劫だったし、花が咲いても、ただただ無感動だった。

 

欲していなかったのだ、と私は思う。花の生命力も美しさも、すでにそれらを余るほど持っていた当時の自分には、これ以上取り入れる必要がなかったのだ。誤解のないように言っておくが、美しさというのは見た目のことではなくて、若者が無条件に持っているキラキラしたあれだ。充実感でもいいし、煩悶でもいい。物でも人でも、それに対してひたすらに一途だった時期は誰にでもあるだろう。

 

つまるところ、今の私はそういった瑞々しさに飢えているということになる。まるで他人事のような言い様。不思議なことに、いつどうしてそんな状態になってしまったのか、自分でもまったく思い当たらないのだ。実感がない。でも、確証はある。

当たり前に持っていたものを、私は確かに、知らない間に失っている。

 

一片のエロもいらない

花を見るのは好きだし、直に見てこそ美しさが分かるというものである。と、ここまで言っておいてなんだが、わざわざ出かけてまで見たいというほどの気概はない。そうすると、目に触れる機会は自然と減っていく。私の心は秋冬には枯葉のようにカッサカサである。

 

だからだろうか。私はときどき、女子学生(中学生、高校生)の写真集が欲しくなる。そうやって花の代替を探していたのだと、この記事を書きながら私は気が付いた。

 

しかし、書店の写真集コーナーに立ち寄ってがっかりするのは、「色」をにおわせる商品が基調とされていることである。女子学生同士がやたら密着していたり、短いスカートから伸びる脚のアップだったり、要するに、「なんかちょっとエロい」のだ。明らかに男性をターゲットにした商品と分かる。

別にそういった商品も、それらを手に取る人も否定するつもりはない。でも、なんでこんなのばっかりなの? とも思う。

あえて男性目線を排除した、「なんの変哲もない”こども(たち)”の光景」というスナップ写真のような写真集が、私は欲しいのだ。

 

たとえば、あの成人向け漫画雑誌の表紙

『COMIC LO』という成人向け漫画雑誌がある。男性目線を排除した云々と言っておきながらなんだよ、と思われるかもしれないが、まあ聞いてほしい。

その表紙には毎号、少女のイラストが飾られているのだが、見た目にはこれが成人向け雑誌とは到底思えないのである(ちなみに、本誌は少女を対象とした性描写がメインであるから、検索する場合は自己責任でお願いしたい。以下のリンク先は、個人的な感覚では閲覧に問題なしと判断するが、ここまで読んで嫌悪感を抱いた方はクリックしないことを推奨する)。

私が写真集の被写体を女子中高生に求めるのも、多分にこの影響があるためだと思う。

 

「色」ではなく、少女たちの姿とともに、そこに描かれた川や土、雨や太陽の「自然のにおい」が伝わってきそうな表紙ばかりである。私が欲しいのは、正にこういう写真集だ。

 

購入者の視線を意識しないということ

花は私たちの視線を意識して咲いているわけではない。それと同じように、COMIC LOの表紙の少女たちも、雑誌を手に取る人たちの視線など知るよしもない。友達だったり、親や親戚だったり、あるいは自然物だったり、そういうものと触れ合う無防備な様子を切り取られただけに過ぎない。

第三者の欲望とはかけ離れたところにいるから、媚びがないのである。だから、私たちは余計なフィルターなしに、「生」をダイレクトに受け取ることができる。

 

もし、それらの被写体が3次元に置き換わったら? 生身の彼女たちから受け取るエネルギーはより充溢したものになると思うのだが、こういった要望はやはりマイノリティーなのだろうか。

でもなぁ。一途に生きている若い人の姿、きっと需要はあると思うのだけど。

 

宗教練習問題

 

なるほど宗教練習問題 (新潮文庫)

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評価:★★★☆☆

手に取ったきっかけ

学生のころに読んだ本を読み返しました。仏教学部の科目を履修した際に、著者であるひろさちや氏の講義を受けたのですが、本書については、教科書として大学から配布されたのか、それとも彼の講義が印象に残って自ら購入したのか、記憶は曖昧です。 

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【本読み道具】半透明付箋

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 注:2016/4/20現在、上の商品は取扱いを終了しております。

 

手に取ったきっかけ

小説を読んでいると、度々こんな状況に出くわして文章を追う目が止まる。

この漢字は、なんて読むのだろう。どういう意味だろう。

この地名は、地図のどこを指しているのだろう。

 

もちろん、調べれば万事解決である。しかし、それが1ページにつき数箇所、それも毎ページなどとなると、逐一、調べながらでは「読書すること」そのものに支障が出てしまう。ページが全然進まないし、物語にも入り込めないのだ。

それなら、目印を付けておいて、あとでまとめて調べればいい。

しかし、である。教科書や参考書ならいざしらず、小説などの書籍にマーカーやボールペンなどで直書きするのは躊躇われる。

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尻啖え孫市

 

新装版 尻啖え孫市(上) (講談社文庫)

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評価:★★★★☆


手に取ったきっかけ

私、恥ずかしながら歴史はからきしでして、戦国物に関しても、これまでまったくと言っていいほど興味を持ったことがありませんでした。せいぜい、ゲームで楽しむ程度です。一時、「歴女」という言葉が流行りましたが、「よくそんなに関心が持てるな」と感じ入ったものです。私の場合、興味がないのではなく、本当のところを言えば、歴史に対してはどうも「暗記力が物を言う教科」という苦手意識の延長から、戦国物についても敬遠していたのです。

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罪の余白

 

罪の余白 [Blu-ray]

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評価:★★☆☆☆

手に取ったきっかけ
今回は自分で選んだわけではないので、特に動機のようなものはありません。ただ、以前にこの映画の予告編を観たことがあり、娘を殺された父親と、その娘を死に追いやった女子生徒の駆け引き、という点において、多少、興味をそそられてはいました。

尚、この作品には原作小説がありますが、今回は映画のみの鑑賞です。

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李陵・山月記

 

李陵・山月記 (新潮文庫)

李陵・山月記 (新潮文庫)

 

評価:★★★★☆

 

手に取ったきっかけ

山月記は、高校の国語の授業で学びました。あれから十年以上の歳月が流れましたが、いまだに解けずにいる謎があります。それは、当時の試験で出題された、以下の問い。

 

『李徴が自身を"己(おれ)"と呼ぶのはどういうときか』*1

 

*1:人から虎に変化してしまった官吏の李徴は、林中の草叢にて友人の袁傪と再会する。このとき、李徴がいきさつなどを話すが、その一人称には、"自分"と"己"とが入り混じっている。

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